趣味・実用・スポーツ · 2013.01
発掘! 西本・阪急ブレーブス最強伝説
「西本野球」はなぜ語り継がれるのか
阪急ブレーブス黄金期の形成過程を追う敗北と強化の軌跡。打者の育成という戦略。昨今の日本球界、参照されるべきは「西本野球」。
内容紹介
★西本幸雄は日本一にこそなれなかったものの、3つの球団(それも2つは弱小チーム)をリーグ優勝に導いている。これを成し遂げたのは、2リーグ分裂後では西本だけ。
★1967〜79年の13年間を阪急ブレーブスの黄金期と呼ぶとすると(リーグ1位10回、日本一3回)、これは同時にマイナー・パリーグの代名詞でもあった。強すぎて人気のなかった阪急ブレーブス黄金期の形成過程を、つぶさに追う。 阪急ブレーブス、敗北と強化の軌跡。
★日本シリーズの敗北⇒チーム強化⇒ペナントレースでの無類の強さ…の循環⇒後期黄金時代で初日本一。
★打者の育成という戦略。チーム打率.273はV9巨人も達成していない。★チーム「格差」が目立つ昨今の日本球界、参照されるべきは「西本野球」である。
★目次
1 大事なところで失敗する監督
2 西本幸雄、阪急ブレーブス監督に就任
3 67年から始まった巨人との日本シリーズ
4 西本はどのようにしてチームを強くしたのか
5 68年日本シリーズ、またも巨人に及ばす
6 69年、チームの底力をアップさせる
7 新戦力の台頭
8 強すぎる阪急
9 73年、阪急から近鉄の監督へ
10 阪急の黄金時代は続く
11 西本の選手育成戦略
12 近鉄監督時代の検証 13 本当に采配ミスだったのか
14 彼が慕われる理由 ほか
著者プロフィール
1958年千葉県生まれ。
RKB毎日放送、テレビ東京のアナウンサーを経て、現在フリーアナウンサー&ライター。
スカパーのMLB中継ほか、スポーツの実況歴は25年を越える。野球のほか、ラグビー、ボウリングにも通じている。
共著に『男泣きスタジアム』(彩流社)『ラグビーの逆襲』(言視舎)など。